"けれども、入場者の90%を超えるとも思われる展望台が本来の目的の、そもそもが現代美術など無関心な人たちは、ホントにこれでOKなのだろうか?
展望台に上がるエレベータを待っていたとき、後ろの女子二人が「1,500円で美術館にも入れて、かなりおトク!」「だねー」とか会話していたのを耳にした。なるほど、そういう考え方もありなんだ。と妙に納得してしまった。私には、共通券の 1,500円の中身の大半は、展覧会を観るための、つまりは展覧会の企画・運営費の対価と感じられた(実際そうなのだろう)。それに比べれば展望台にかかる維持コストなど微々たる金額だろう。これは、なんといっても設備の有効利用なのだから。
しかし彼女たちにとっては、ビルの屋上じゃなかった、展望デッキこそが1,500円を払うべき価値ある場所で、展覧会はタダ同然のオマケなのである。このような解釈が罷り通るということは、現代美術にとって、ある意味、大きなチャンスなのだろう。展望台こそは、現代美術についてタブラ・ラサで美術館を訪れる機会のなかったピュアな鑑賞者たちを、難なく呼び込める集客装置なのである。"
展望台に上がるエレベータを待っていたとき、後ろの女子二人が「1,500円で美術館にも入れて、かなりおトク!」「だねー」とか会話していたのを耳にした。なるほど、そういう考え方もありなんだ。と妙に納得してしまった。私には、共通券の 1,500円の中身の大半は、展覧会を観るための、つまりは展覧会の企画・運営費の対価と感じられた(実際そうなのだろう)。それに比べれば展望台にかかる維持コストなど微々たる金額だろう。これは、なんといっても設備の有効利用なのだから。
しかし彼女たちにとっては、ビルの屋上じゃなかった、展望デッキこそが1,500円を払うべき価値ある場所で、展覧会はタダ同然のオマケなのである。このような解釈が罷り通るということは、現代美術にとって、ある意味、大きなチャンスなのだろう。展望台こそは、現代美術についてタブラ・ラサで美術館を訪れる機会のなかったピュアな鑑賞者たちを、難なく呼び込める集客装置なのである。"
— 現代美術の集客装置としての展望台 - Tomotubby’s Travel Blog (via subdub)
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